先日、信州の高原を歩きながら、全身の空気を“総とっかえ”してきました。
灼けついた細胞を涼気で洗い、白樺の森を抜けてきたばかりの清澄な空気を、体いっぱいに飲み込んできたのです。

歩きながら、ふと口をついて出たのは――
「『私たち生きもの』の中の私」という言葉。
これは「生命誌」を提唱された中村桂子さんが、人類のあり方を語るときに大切にしてこられた表現です。
境目がふっと消える瞬間
その言葉を唱えて歩いていると、外界と自分の境目がふっと溶けて消えました。
すると、世界がぐーっと広がり、思考はおとなしくなり、五感が冴えわたってきます。
まわりの生きものたちとの関係がフラットになり、それぞれのイノチへの愛おしさが増していく――。そんな時間をいただきました。
DNAが呼応し合う?
さらにもう一つ、歩きながら浮かんだ仮説があります。
生命は40億年前のバクテリアから今の私たちにいたるまで、同じ「二重らせん」という設計図を受け継いでいます。
らせん流で歩くと「自然と溶け合いやすい」とよく言われますが、もしかするとそれは、DNA同士が呼応し合っているからなのかもしれません。
そう思ったとき、らせん流の動きをより丁寧にしてみると、自然のエネルギーが体のさらに深いところまで沁みわたってくるのを感じました。
まるで、40億年のイノチの歴史が、自分の体の中に息づいているかのように。
らせん流®ウォークの最終ゴールは、自然回帰であり、自分回帰です。
そこに近づけたひとときに、心から感謝しています。
そして、つくづく幸せです。
らせん流知恵袋(AI歩さんによる解説)
DNAは、すべての生き物に共通する遺伝物質で、40億年前に誕生したバクテリアから人間にいたるまで、同じ「二重らせん構造」をしています。
中村桂子先生はDNA研究から出発し、やがて「命は40億年の時間を生き抜いてきた物語そのもの」と考えるようになり、その視点を「生命誌」と名付けられました。
だから「私たち生きものの中の私」という言葉には、
「私という存在は単独であると同時に、40億年の命の物語の一部でもある」
という深い意味が込められているのです。
こうした科学的背景を知ると、自然の中で境目が溶けて消える感覚は、単なる思い込みではなく、生命の理に支えられた真実だと感じられます。
おまけの話
高原を歩きながら、もうひとつ浮かんだのは――
「ここでらせん流®ウォークの合宿ができたらいいな」という妄想でした。
きっと、空気ごと“総とっかえ”できる体験になるはずです。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。


















