先週、念願の四国初上陸。2泊3日ですが香川県を旅してきました。

メインの目的は指導のサポ―ト。香川が地元のらせん流ナビゲーターの方が、香川にあるスポーツチームにらせん流のワークを紹介するというので、オブザーバーとして同席。
仕事の前後は、ナビの方のご案内で穴場の風光明媚なところを訪ねてきました。
そして最後に「香川に来たからには、ここは外せんでしょ」ということで、「金毘羅さん参り」。
本堂までの道のりは785段の階段。しかも後半は結構急峻。階段の幅が狭く、一段が高い。階段を見上げれば「ヒエッ!」となるんで、参道には「手荷物預かります+杖お貸しします」の看板がアチコチに。
この急峻さは用心が必要。その用心がらせん流で大事にしている「ゆっくり丁寧に動く」をさせてくれる。上りも下りも一段、一段、ゆっくり丁寧に、一歩一歩を味わいながら足を置く。
もちろん、歩きの基本は体の構造に沿って動く「らせん流」。
ヤンキー風に背骨中心に肩を振ってオラオラと歩く。
それでもまだまだ体の中に滞っているところがあるので、そこがキツイと言い出す。
なので、「じゃあ、どう動いたらラク?」って体に訊きながら「ゆっくり丁寧に」歩く。
歩いている途中、平坦な道や駅の階段ごときでははなかなか刺激の入らない内ももが「待ってました!」とばかりに活躍しだしたのが感じられ、シメシメ。
翌日、これで筋肉痛、来てたら、恥ずかしいな~と思って、体を感じてみる。
内ももに気持ちのいい張りが感じられる。体全体の力感が背骨周りに集まる。
いわゆる武術界では達人の証と言われる「体軸」「正中線」「センター」が、一歩毎にいつも以上にダイナミックにしなやかに勝手に立ち上がってくる。不快な筋肉痛は一切なし。
もう、ヤッホーです。
何がヤッホーか?
これまで「体軸」とか「正中線」とか「センター」というものは、あらかじめそれに特化した修行なりトレーニングをして作るもの。動くときはそれをキープしてそれに従うものという認識が一般的で、その手のトレーニング法や修行法って、たくさんあります。
私もかつて相当打ち込んできました。
でも、それを日常で活かすとなると、ゴールはほど遠かった……。
ところが、今回、やったことは、急峻な階段の先にあるお宮へのお参り。それをいかにラクに安全にするかを注意しただけ。
つ、つまり!
武術界でいう達人クラスの体の使い方を身に着けるのだって、別に特殊なことをしなくてもいいんです。
日常の動きの中で、いかにラクに安全に動くかを体に訊きながらやっていけば、できてくる。
もちろん、このやり方だと即日常に活かせます。当たり前だけど。
つ、つまり!
「日常動作」をなめたらあかん!
このことを再確認できたのです。
最近、らせん流のワークショップに武術の高段者たちがぽつぽつとお見えになります。
そして「らせん流だと、武術界で一生かけて習得できるかできないかという奥義があっさりできてしまう」とよく言ってくださる。
日常動作の中の日常動作「歩き」、それを「よりラクにより気持ちよく」の方向で掘り下げていくと、そういうことが起きるのです。
歩くことって、そこまでの中身があるってことなんです。
大事にしたいものです。

